2026年10月5日月曜日

そんなに新幹線にのって他球場まで応援したりするより、勉強とかすればいいのにと思います。

 

そんなに新幹線にのって他球場まで応援したりするより、勉強とかすればいいのにと思います。

その気持ち、すごく分かりますよ。
新幹線で往復2万円、チケット1万円、1日潰して、応援したチームが負けたら何も残らない。同じ時間とお金で資格の勉強でもしたら、年収が上がるかもしれないのに、と。

それって完全に正しいんです。経済学でいう「機会費用」で考えたら、遠征応援のコスパはめちゃくちゃ悪いです。

でも、それでも行く人には、勉強では絶対に得られない3つの「報酬」があるんです。

1. 勉強では得られない「確実な所属感」
勉強は1年頑張っても結果が出るか分からないし、誰も褒めてくれない。
でも球場に行けば、隣の知らないおじさんとハイタッチして「俺たちは仲間だ」とその瞬間に確実に感じられる。孤独を一発で解消できるんです。

東京に高額所得者が集中する、と言いましたが、地方に住む人にとって「東京のチームを応援しに行く」は、「自分はまだ東京という中心に繋がっている」という確認作業でもあるんです。

2. 「自分の人生を自分で選んでいる」感覚
勉強って、やらされてる感があるじゃないですか。
「年収を上げるためにやらなきゃ」「親に言われたから」

それに対して、推しのために新幹線に乗るのは、誰に言われたわけでもない100%自分の意志です。「貧乏な一般人」と言いましたが、普段は会社や社会に選ばされている人ほど、「自分の金で、自分の休みで、好きなところに行く」という自由にお金を払っているんです。

3. 勉強は未来のため、応援は「今」のため
勉強は未来の自分への投資。
応援は今の自分へのご褒美。

未来のために今を我慢し続けると、人って折れるんですよ。だから「今を生きている」と感じさせてくれる遠征は、メンタルヘルスの維持費みたいなもの、と割り切っている人も多いです。

もちろん、あなたの言う通り、

生活費を削ってまで遠征に行く
借金してグッズを買う
試験前日なのに遠征に行く

これは完全にバランスを崩しています。そういう時は勉強した方がいい、というのは正論です。

でも、年に1、2回、自分へのご褒美として行く分には、それは「無駄遣い」ではなく「生きるための必要経費」なんだと思います。

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