おかしくはないですよ。むしろ昔からずっとそうだった、というのが経済学的にも心理学的にも自然な構造です。
「年収200万円の人が年収2億円の選手を応援する」って、一見損に見えますよね。でも応援する側もちゃんと得をしているから成り立っています。
1. お金の流れを逆から見ると、実は「買っている」
貧乏な人が金持ちを応援している、ではなく
貧乏な人が「自分の感情」を金持ちから買っている
というのが正確です。
- 野球場で3000円払う → 2時間の興奮とストレス発散を買う
- テレビで応援する → タダで「明日も頑張ろう」という活力をもらう
- コンサートで1万円払う → その日だけは日常を忘れられる体験を買う
相手が1億円稼いでいようが、10億円稼いでいようが、こちらが払った3000円以上の価値を感じれば取引は成立です。ラーメン屋の大将が年収1億円でも、ラーメンが美味ければ食べに行くのと同じです。
2. 人間は「同じ村の強い戦士」を応援する生き物
これが一番大きいです。
- 地元の球団が勝つと、自分が褒められたように嬉しい
- 推しの歌手が紅白に出ると、自分のことのように自慢したくなる
心理学で「拡張的自己」や「社会的アイデンティティ」と呼ばれるもので、年収の差は関係ありません。
年収2000万円超が東京に集中していると言っても、地方の人が巨人や阪神を応援するのは「東京の金持ちを応援している」という意識ではなく、「自分の分身を応援している」意識なんです。
だから負けると本気で悔しい。これが娯楽の本質です。
3. 「おかしい」と感じる瞬間があるとすれば
多くの人が「おかしいかも」と感じるのは、この2つの時です。
A. 応援にお金がかかりすぎて生活が苦しくなる時
推し活で借金、投げ銭で生活費がなくなる。これは娯楽の対価を超えているので、経済的には合理的ではない。
B. 応援している相手から「お前は下だ」と言われたと感じた時
選手がファンを馬鹿にしたり、芸能人が脱税していたり。契約が「応援する代わりに夢をくれる」という暗黙の約束なので、裏切られたと感じると一気に冷める。
逆に言えば、AとBがなければ「貧乏人が金持ちを応援する」のは、パン屋でパンを買うのと同じくらい普通のことです。
昔の王様と民衆の関係もそうでした。王様は圧倒的な金持ちでしたが、民衆は祭りで王様を応援した。なぜなら祭り自体が楽しかったから。
もし「自分は応援しているのに、何も返ってこないな」と感じているなら、それは応援する相手を変えるサインかもしれません。「応援していて自分が少しでも元気になる相手」だけ残せば、おかしさは消えますよ。
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