経済的な「人的資本」という観点では、必ずしも損とは言えませんが、かなり重要な機会費用があります。
例えばMITやハーバードで高度な数学・コンピューター科学・工学などを学んだ人を考えるとします。
その人が、
A:高度な専門職に就く
なら、教育で身につけた知識を直接使って高い付加価値を生み出す可能性があります。
一方、
B:小規模なラーメン店を経営する
なら、大学で身につけた高度な専門知識の一部は直接使われないかもしれません。
高度な教育 ↓ 専門知識・技能 ↓ 高付加価値産業 ↓ 高い生産性
という経路を取らず、
高度な教育 ↓ ラーメン店 ↓ 調理・接客・店舗運営
となるからです。
ただし「損」と断定できない理由
ラーメン店を経営することで、
- 新しい調理技術を開発する
- 店舗をチェーン化する
- ITで店舗運営を効率化する
- 新しい食品製造システムを作る
- 食品ビジネスを世界展開する
などを行えば、高度な教育を活かして飲食業でも非常に大きな付加価値を生み出せます。
つまり、
「MIT卒だからラーメン屋はもったいない」
ではなく、
「その人の人的資本を、どのような仕事で最も有効に使えるか」
という問題です。
そしてGDPの話では「個人の損得」と「社会全体の損得」を分ける必要があります
例えばMIT卒の人が年1億円の付加価値を生み出せる仕事を辞めて、個人経営の飲食店で年間500万円の付加価値しか生み出さなかったとします。
極端な例ですが、
専門職 1人 → 1億円の付加価値 飲食店 1人 → 500万円の付加価値
なら、社会全体から見ると人的資本の活用という点では大きな機会費用があります。
逆に、その人が飲食店を革新して、
1店舗 ↓ 100店舗 ↓ 1,000人を雇用 ↓ 新しい食品産業を形成
となれば話は全く変わります。
なので、教育政策として重要なのは
「全員を大学に行かせる」ことでも「全員を飲食業に就かせる」ことでもありません。
教育によって身につけた能力を、
より高い付加価値を生む仕事へ移動できる社会
にすることが重要です。
そしてこれは、先ほどの「飲食店が多すぎる」という話とかなり深くつながります。
もし、
高度な教育を受けた人まで低生産性の小規模店舗に大量に流れる
一方で、
半導体・AI・製造業・研究開発などで人材不足
が起きているなら、GDPを押し上げる人的資本が十分活用されていない可能性があります。
逆に、本人が飲食業に強い情熱を持ち、その能力を使って革新的な事業を作るなら、単純に「学歴が高いから飲食店は損」とは言えません。
要するに、**学歴そのものではなく、「その教育で得た人的資本がどれだけ高い付加価値につながっているか」**を見るのが経済学的には重要です。
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